2025年10月31日
今日はみんなで集まって練習をして楽しかったです。みんなで練習するのす。2025年10月30日
す。
2025年10月29日
すっ。31日楽しみです!
2025年10月28日
すご。
2025年10月27日
すごかった。
2025年10月26日
駅のパン屋で売っていたクロワッサンが美味しいです。クロワッサンを更に工夫したようなパンもあり、それも美味しかったです。―また週末もクロワッサンを食べるだろう。またクロワッサン以外も食べるだろう― ア・ボガド・パンチ
2025年10月25日
見知らぬ土地でマップを開いて食べるところを探すの冒険みたいで楽しい。
2025年10月24日
―私が起きた時、もうお昼過ぎだろう― ア・ボガド・パンチ
明日開幕だというのに真夜中の満員に電車に乗っているのはなぜだろう。こんなにも雨が降っているのになぜ傘をささないのだろう。周りを見渡せばもうみんな秋を通り越して冬の服装だ。私は半袖短パンで汗をかいているというのに。我感とはこのような事かと。今日の満員電車で右手に缶酎ハイ、左手におつまみを持つ者現れる。遊戯王カードのアイテムに似たようなのがあったな。それにしても満員電車に缶酎ハイとおつまみ片手に乗ってくるのってどういう条件から減少しているんだろう。私の田舎では満員電車というのが無いので、やはり江戸という地が関係しているのか。明日私は7時起きだというのにもう2時を回っているよ。いつも寝る時間に起きるとか一体どうなっているんだろう。世の中には不思議がいっぱいだ。明日の私は使命を帯びているので寝坊は許されない。しかし、許されないのであって寝坊しないというわけではない。深い。おわり。
2025年10月23日
―みんなが温かい時、私は暑いだろう― ア・ボガド・パンチ
今日は老師のお迎えに行って参りました。夜も遅かったのでホテルの近くにあったもんじゃ焼きとお好み焼きのお店に行ってたんですが、池袋の悪夢が再来しました。あの時のメンバー全員集合!どうやったらお好み焼きを不味くできるんだろう...。地の利で店が続いているのなら私がオーナーになって味とサービスさえ見直せばもっと盛況になるのでは...。今回酷かったのは焼き方とかに店主のこだわりがあってそれを事細かく説明された上で不味かったこと。しかもそのこだわりが当たり前の事だったんです。豚肉はよく焼くとか、裏表5分ずつ焼くとか...。焼きそば作る時なんかは出汁を入れるとか言って桜えびが浮いた水を持ってきたのは衝撃だった。出汁とは...。水に桜えびを浮かせとけば出汁って...。私の出汁の定義に幅ができた。池袋の悪夢を超えた両国の悪夢ここに極まる。酷すぎたので消化するために擦っていくしかない。来日一発目の食事がこれとはいかがなものか。調味料で色々味付けしても事なきを得なかったのは、池袋の悪夢の時よりも酷かったかもしれない。でもね、先に最新の学術を聞けたり、お話ができたりしたことは何よりもかけがえのない時間でした。参加される方で聞きたいことのある方は必ず聞いたほうが良い。1年に1回のチャンス。次いつ聞けるか分からない。質問をいくつか用意して恐れずに質問しよう。間違いというのはないです。質問の時間もあると思うし、手で手を取ってもらう時に聞いてみれば良い。自分自身の問題を解消することにも繋がるし、それを聞く周りの人の理解の手助けにもなる。美味しいお好み焼きが食べたいぜ。
2025年10月22日
―私が涼しい時、みんなは寒いだろう― ア・ボガド・パンチ
今日の伽羅手エグかったな。ようやく伽羅手が分かった気がする。嘘喰い読み直すしかない。ニャン拳と伽羅手の相似性と比較から仕事の流儀が観えてくる。明日は老師をお迎えに行く。「欢迎来到地下」と書いた横断幕は持っていったほうが良いかな。



おはおーん。14時頃に起きて今日は夕方から狛江に行く用事があったのでお出かけをする。狛江に行く時はシークレットラブ。今日もラーメンを食べました。3日間連続なので寿命を削っている気がする。江戸でスタバも飲んだ。一応、納豆とキムチの発酵食品を食べて帳消しにしといたけど...。ブログの更新が滞っている。毎日いろいろありすぎて追いつかないのです。カルピスの原液を煮沸したくらいの濃い毎日です。
2025年10月20日
夕方まで寝て起きたら新宿へ向かう。なぜ夕方まで寝るのか?それは寝るのが遅いから。以前は朝寝て昼に起きるだったけど、今は昼前に寝て夕方起きるに変化している。つまり基本的な生活リズムは置き去りにし、応用的生活リズムで過ごしているわけである。池袋の楽園に行きたい。
2025年10月19日
今日のわがまま。カレーはいやだいやだと言って道場前のカレー屋さんを回避し、大塚まで行ってベトナム料理を食べることになった。が、日曜日だというのに閉まっていて、最終的に豚山に行くかと問われたので、豚山なんかをお食べになったら身を損なふとお伝え申し上げ、最終的には横浜家系ラーメンを食べにゆくことに。その後は江戸のスタバという茶屋にて時間を過ぐす。その後、立ち別る。

今日は新小岩の新しい会場での講習会。思い出の始まりはいつも君だった。駅周辺は程々に賑わっていて楽しい。私は講習会にスタバのコーヒーを持っていくのが好きなので駅にスタバがあって嬉しかった。駅からは徒歩10分以内。綺麗な道をのんびりと歩いていくだけ。会場は広くてきれい!!!いいね!天井も高くて運動するには最適。施設も綺麗なんです。トイレがバカでかい。君との練習は...全く体系が...進まないよ...。ってくらいに1つ1つの樁を味わいながら練習は進んでいった。状態・能力・機能・働き、みんな違ってみんな良い。駅から会場までの間は食べるところの選択肢がだいたい4つくらい。一番近いとこにバーミヤンがある。
2025年10月17日
おはようの時間はいつも昼だった。今日は夜間に個別指導が入っており、ちょっぱやで道場に出向く。指導者はレペゼン徳島の東京 in da house。今日もイルなマイメンはドープだ。練習は待ったナシのプチャヘンザ。これはネタじゃねぇ。変幻自在のフリースタイル。作為を交えずよくチェックしな。Can you feel? た☓☓うジャンキー。かなりドープな内容。ナーミー?個々のスキルもブチアゲでパンチラインの効いたた☓☓うを披露するクルー。マジでノーダウト。上がるヴァイブスと共に姿に勢いが。個々のスティーロそれでいい。式と式の繋ぎはDJ、兼ねるMC。ライカ揺れる沙袋。RAP用語モームリ!ここ最近、指導の中心(再認識)においているた☓☓んについての理解を深めていく。求めるは行為ではなく状態である。ただそれだけ。状態が変わらないなら行為は変わらないでしょう。た☓☓うの王である式はなぜ王なのか。3つの認識で理解できます。1.最も合理的な行為である。2.最も豊満で充実しており、活力が満ちている事を感じやすい。3.最も基本的な感覚である。次回、新展開!!東京講習会。-トーキョーコーシューカイ-ーこの社会でボクは回帰する、感じ応じることをヤメないでー。
2025年10月16日
おはおーん。涼しくなって、いっぱい水、飲まなくてよくなった?でも、いっぱい水飲んでね、あちぃから。今日は髪がモサモサするし、前髪が目に入りそうだったので髪を切りに行く。神を斬る前に、池袋の楽園にいって随心所欲の境地へ達する。カットは知り合いのところに行けばよかったのだけど、急に思い立ちけりなので、ネットで調べて新しいところを探してみる。「スタイリスト」の「紹介」のとこに「得意なイメージ:ギャル」とあったので自分に無いものはこれだったかと納得し、すぐにその人に連絡を入れる。初めて行く店なので初回の問診が有り、そこで「得意なイメージ:ギャル」に惹かれて来店したことを説明した。ややウケた。スタイリストさんは自分のイメージにあった昭和のギャルではなく、今風の清楚系のギャルであった。私のギャルの定義に幅ができた。99%清楚系でも1%のギャル要素があれば、それはもうギャルになるわけですね。分かりました。ヘッドスパからスタートする。Aujuaのシャンプー良いですね。香りの持続性がすごい。都会の美容室は田舎の美容室と違って競争率が高いからか、同じ様な値段でヘッドスパがついていたり、とにかく細かいサービスがすごい。もう田舎で切ることはないだろう。お菓子ももらったし。来月遊んでくれるらしいし。楽しみ。おわり。
2025年10月15日
今日はちょっと明らかになったことがある。比べてみるとその違いが分かるようにあれとこれとは違うというただただ当たり前のこと。違いというのを理解する事からあれとこれへの理解が深まっていく...。電車の乗り換えが上手になってきた。レベルアップ。



西巣鴨で見つけた。カレー屋さん。ビリヤニが食べれるんだけど良い。香り、味。良い。マトンビリヤニを食べた。タンドリーチキンも食べた。マンゴーラッシーうめぇ。デザートナンも食べた。ナンナン?うめぇ。ダンドリーチキンのデカさたるや。ここのお店、タンドールの使い方がうまい気がするぞ。そしてタンドールで作った料理はタンドールで作った感じがちゃんと感じられるぞ。とりあえずビリヤニのジャッジに定評のあるビリヤニ師匠をお連れせねばならぬ。そして講習後はガチ中華ではなく、ビリヤニが好きなら一度ここにみんなで行くしかあるまい。お店の人、めっちゃいい人だったな。おわり。

巣鴨事変③最終日。あっという間に最終日に突入。今日は「歩法」と「拳式」に取り組む。歩法の練習は動くことから始まるのだけど、動かずに静止する、歩法で站樁をするような内容に取り組んだような記憶がある。表現の形式は変わります。そこで発動する能力や働き、質は異なります。しかし、ここまでの過程で行ったことが無くなるわけではない。というような感じから站樁や試力など経験した感じを見つけてみる。またそれらがどのように変化していくかを味わっていくような練習だった...よね?時間の関係で拳式の途中で終了。今回は5GKまで進めませんでした。その事を伝えると確かこの様な返事が返ってきました「5GKまでは進まなかったけど習ったなかにあった」と。好!その過程で得たことが集まることこそが拳である。そして実は拳に必要な「密度」と「安定」の経験は練習するなかでこっそりと体験できるように仕込んでいました。それが「術式」。今回の「術式」では「不要力」「不費脳」への理解が更に進んだのではないでしょうか。また今回は別の言葉で説明したけど、それを更に違う言葉で説明をするならそれは「危」と「梢」です。2字で説明できます。そして「撞」の1字を加えて「危・梢・撞」の理解ができたなら、それはもう「不用力・不費脳」である。帳が上がりカフェの新規開拓へ。見つけてしまった...。次はフランス貴族編が始まるのか。



巣鴨事変②今日の講習では「技撃」の項目に入っていく。「技撃」の項目で習得していく事を体系を通じて1つ1つ把握していった記憶がある。これを書いているのがほぼ1週間後なので既に記憶は薄れているのだけど。今回の「合宿式」の「術式」では技撃における「密度」の項目にはあまり触れずに、過程にある「状態・能力・働き」が共有のテーマであった。なぜ密度の部分にあまり触れないようにしたかは確か、密度を取り上げすぎると「緊張」や「固定」といった質が発生してしまい、運動状態が無くなってしまうからだったような...。夜はみんなで四川料理を攻めに行く。から...うま...。
2025年10月11日
巣鴨で領域展開中。帳は降りてます。久しぶり!なんだけど会ってみると全くもって久しぶりな感じのないメンバーと今日から3日間「合宿形式」の「術式」による練習が展開されている。「重心の変化」を感じるような内容と極まれば転ずるその際と際を行き来しながら「運動」は「展開」された。その「重心」の「変化」や「働き」における「能力」「生得領域」は個々人で違い、「千差万別」である。故にそれが、「個」という「生命」を学ぶことに「必中」する事に繋がっているのだ。「天上天下唯我独尊」まさに中二病の様な書きよう。明日は「領域」の「押し合い」における「必中効果」まで進めれば!更に「洗練」されることがキーワードに。講習後はついに到達。いつもいつも並んでいて断念していた禁断のスイーツ。そして、スイーツでお腹いっぱいになってディナーが食べられなかった。もしかして今日って赤ちゃんだったのでは?(赤ちゃん:赤羽でディナーを食べるチャンス)
2025年10月10日

もうこれで終わってもいい(到達点)と感じていたガチ中華ランチに進展あり。でもランチなんですよね。ディナーだと講習終わりにみんなで行けるのに。私はここでランチ食べたらその後はお腹が落ち着くまで何もしたくなくなるハイクラスパックexなランチだと思います。平日時間ある人は行きましょう。お値段なんと1,210円という特級呪物級の安さ。これがなぜ安いのかは行けば分かる。獄門彊でこのお店に封印してほしい。さて、明日から3日間は久しぶりに「合宿式」の「講習会」です。そういう「術式」を組んでいるのさ。10時に帳が降りたら始まりの合図です。まずは「無下限呪術」から始めて「無量空処」の理解に繋げていこう。今回は「十劃呪法」の「体得」からその「性質」を把握する様な「術式」も組み込んでいる。そこでのセリフはもちろん「オマエは何を託された?」である。「できるかじゃねぇ やるんだよ!!」である。今のきみはどっちかな?「領域展開」
2025年10月9日
「感」と「応」について。それが「天人」「合一」という事。そこある「神形」「合一」。「不空」「不断」で「同歩」。「末梢」と「順力」「逆行」。「把」と「?」
2025年10月8日
「重心」における理解が深まっていく。またその「転換」についても。体系には採用されていないけど、昔はこのような練習をしていたと教わった内容を改めて練習してみた。!!!これは!!いいね。昔はその様な練習がありましたが、現体系では別の式で練習するようになっている。道具を用いることで運動は拡大されるから私は昔のやり方で理解が深まった。極まれば転ずるというような内容を現場で取り上げていましたが、これには順と逆という概念が浮上する。楽しい。とりあえず練習しすぎて文章にするのが難しい。でも喋れる。おわり。
2025年10月7日
徳島での講習会2日目。記憶がない...。前日の続きから行ったので「堤」から。状態というものは1つでも式の1つ1つに特徴がある。站樁も8つあるから、、、とか説明を始めると矛盾していく。また矛盾しないように文字にすると、具体的になってしまう。ので、やはり文字にするときは1に還元し、簡潔にした方が迷いが無くなるのでしょう。しかし、現場での経験は豊富なんです。その豊富さを1つ1つ味わい、充実感を得ていくわけだから、それはもう、やるしかない。おわり。
2025年10月6日
徳島に帰ると東京では自分の部屋より小さなアパートの部屋に住んでいることを実感する。合理的な空間とでも言うのかな。キッチン、トイレ、お風呂、寝室、リビング、収納などが1つの空間に集まっている。すごい。合理的だ。このコンパクトな感じが良い。空間にむだがない。
2025年10月5日

講習会2日目。今日の内容で記憶にあるのは「技撃」。すごくいい練習だったのだけは覚えているけど、自分が何を喋ったとか全く覚えてない。風が吹くように時間が過ぎていった。博多の講習会の日は朝にコーヒーを買ってちびちび飲むのが私のスタイル。帰りは博多駅で蜂楽饅頭を買ってこれをギルティとする。ホントはクロワッサンが欲しかったけど、なんか博多駅のミニヨンは異常に並んでいる。池袋のミニヨンはそんなに並んでないのにねー。それでは博多はまた来月。来月の博多はちょっと色々目白押しで楽しいことがあるのでもう今の時点で楽しい。楽しすぎて2メートル跳んだ。(福岡講習会のランチは十中八九中華です。)
2025年10月4日



講習会1日目。色々と最高潮なのだけど書き始めると止まらないので内容は省略。懇親会で行ってきた羊料理。これが最高にうまい。コースオンリーで限界が来るまで無限に羊料理が出てくる。そのなかでも特に最高なのはひつじの刺し身。ここではこれを食べなければ始まらない。そして終わらない。羊の刺し身ってどんな味がすると思いますか?多分、想像を絶するという体験をすることになる。少しだけ画像を載せておくね。博多に来たら行きましょう。懇親会のあとは「とんでもねぇ二次会」へ。そして私は沼にハマるのであった。もうどっぷりです。一緒に行っていた子は楽しすぎて終電逃して歩いて帰っていた。なんか、ごめん。また来月行こう。
2025年10月3日

おはようございます!昨日早く寝たおかげでめちゃくちゃ早起き。朝からホテルバイキングのど真ん中に居座る。時間の経過とともに出てくるものが変わっていく。これが万変だ。今日は個別指導が入っているのだけど時間があったのでデパートの散策を行う。催事コーナーでいろいろなはちみつを試食させていただきながら、西洋ミツバチとニホンミツバチの違いで謎の盛り上がりを見せる。その後、某お笑い芸人とも邂逅があり、ランチに。普通に蕎麦を食べた。個別指導では「試力」についての質問から展開し、最高潮を迎える。最近、みんなとの練習は味があると言えるような、そうとしか言えないような、なんかいい感じだ。夜はスーパーに行って寿司を買うのだけど、博多は魚蔵フードウェイのパック寿司を買っておけば間違いない。寿司屋に行くより安価でうまい。間違えてイオン系列のスーパーなんかで買うとガッカリだ。グーグルの検索で「フードウェイ やばい」と出てくるぐらい中の人が追い詰めながらいい商品を作ってくれているのだろうか。なんか、ごめん。
2025年10月2日



博多に到着。夕方から予定が空いていたので街ブラしつつ、夜はオモウマい店に出ていた中華を食べに行く。私が注文するとテーブル茶色になりがち。何度か食べに行ったことがあるけどだいぶ質が変わった。忙しすぎるのかな。お客さんは韓国からの旅行者多し。アニョハセヨ。そして、この日は疲れていたのか早めの就寝となった。
2025年10月1日
10月突入したばかりだというのに忙しすぎました。明日から福岡です。博多駅の攻略ポイントを教えてあげる。ミニクロワッサンのミニヨンがど真ん中に店舗を構えていて、駅に着くとクロワッサンの甘い香りが漂ってくるんだけど、「わぁいい香りー」なんて思いながら嗅いでいるとふいに豚骨の臭いがするから注意が必要です。せっかく博多なんだから豚骨スープを練り合わせた惣菜系の「クロワッサン~とんこつ味~」を販売すればいいのに。
2025年9月30日
ブログに画像を貼るのは良いんだけど、微妙にずれる。このブログだと直感的な操作ができないのでモヤッとボールを投げまくり。今日の稽古が非常に良かった。何が良かったかはまだ語れないけど、場に集まった古参メンバーとか常連メンバーとかそういう雰囲気とかなんか良くて、強豪高校の練習に参加させていただいている気持ちになった。強い。強いって好き。忘れていた事を思い出したような。そういえば明日ディズニーランドに行く予定だったとか。仕事だと思って起きたら今日休みだったとか。ランチ限定10食がまだ残っているとか。酒を飲んでいないW.buveur氏だとか。家に帰ってからはどうぶつの森の水族館にいる感じです。ガチ中華はディナーよりランチがオススメです。ガチの中華ランチってだいたいどこもバイキングが付いているんです。それがね、オススメ。また行こう。おわり。
2025年9月29日



今日も講習です。どうぶつの森スタイルでゆったりまったりじっくりコトコトな進行だったんですが、OGY覚醒により、その運動状態に巻き込まれていく。一瞬で一変してしまったその状態は凄十だった。1つ1つの動き、形が異なれば、その働き・能力・機能が異なることを丁寧に感じ取っていく。またそれが一体と成っている事が1つの状態であるということ。その状態があれば、瞬足万変であること。状態は1つと言われるところを感じ取っていくために運動の臨界点という名の峠を攻めていく。右に行けば左に行く、上に行けば下に行く、前に行けば後ろに行く、という事がどいうものか?それは峠を攻めてみたものしか分からないだろう。水を入れたコップに入れた豆腐をこぼしてはいけない。豆腐をこぼすと追いかけられます。運動後は久しぶりのガチ中華へ。楽しかったなー。おいしかったなー。また行きたいなー。またいこう。
2025年9月28日



今日の練習もとてもシンプルな内容です。「末端」についての理解と検証の過程に入っていく。講義では結果ではなく、その結果を生む起点についての説明をするように注意する。どうしても、結果の話をしてしまいそうになる。そこで最近は「能力」という言葉を用いて、その能力表現が結果であるという事を知ってもらう。そして試すときには忘れます。さあやってみて。能力と技術の違いを感じることができるでしょうか。ここは練習をする過程で、体系が提示する対象を捉えているのか、という重要な注意点でもあります。練習はとてもシンプルなところから入っていきます。手を挙げる。また、手を挙げる前にはただ立ちます。外圧があっても立っていられるのか、しっかり抑えられていても手は挙がるのか、そういうのではありません。そういうジャンルもあるんですけ、これは方法なのでその方法が何を教えているのか理解しましょう。実践はなんでもありです。しかし、練習の方法・過程には一部の能力を味わうような取り組み方もあります。練習時には1つずつ把握します。分かったら忘れて、また次の練習をします。この体系には最終的にこの1つずつ把握した事が融合されていく形式が存在します。少し前にはこの形式が順序立てられていなくて、ランダムに取り出されていました。今は親切。ある事を手で手を取って伝えようとします。その時、ガチ抑えされます。超絶力んで抑えられます。そうなると私も伝えることが変わってしまいます。なぜならそれに応じるなら更に能力を融合させた表現に変わってしまうんです。なので1つの能力・働きを教えているときは優しくし・て・ね・☆違うジャンルをしている時には、なんでもどうぞ!今日の講習も面白かったけど、講習後もすごい良かった。Mr.biriyaniオススメのお店に連れて行ってもらってパニプリとダルバートとタンドリーチキンを食べた。異文化を食べるという経験、味もすごく美味しくてさすがMr.biriyaniのオススメだと感じた。食べた写真を掲載しておきます。おわり。
2025年9月27日
運動を通じてその個人が感じたことに是非はありません。それは個人にとっての真実だから。ただその個人的な経験から論理を繰り出し、正誤や是非が出てくるならばここは少し慎重になりたいところ。流儀や流派を用いるならば、そこにある理論と実証がある。そこでその理論から成る結果がなければ、名乗る名前がありません。論理は必要だと思います。私は講習や研究の場では提案をします。これは論理に伴った実証をしていく過程に入るためで、理論を構築するためではありません。理論は既に構築されています。このよく似た言葉、論理と理論は違います。またこの論理か、理論かで方向性に違いが現れます。バンドマンなら方向性の違いというやつで解散して別々の道を歩むでしょう。なので、いずれも実証・実践が無い場合に、それを公にする必要があるのかな?とも思います。しかし、ここでこれを書いているように、こうする事ができるようになった。そしたら問題も増えます。どこに回帰すれば良いのかというと、自流で言えば「一形一意」です。おわり。
2025年9月26日
同期教練とのランチへ。池の西は任せてほしいということで、わんだほーなガチ中華ランチバイキングへ。本当にここのランチバイキングは好き。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。出かけている間に布団を干していたので帰ってきたら布団もホカホカになっていた。嬉しい。夜はオンライン講座運営の仕事。人数多いやつは事務が大変だ。ようやく作業量の多い事務仕事から開放されて、嬉しくてご褒美に駄菓子をいっぱい買った。ではまた。
2025年9月25日


渋谷とか原宿方面に出かけてチェンソーマンのポップアップショップを見たり、男子会をしたりして楽しい一日だった。渋谷のビルの中で紅茶を飲めるところがあって、そのカフェが面白そうだったので一度入ってみたい。W.buveur氏と行った時に見つけたピザも食べてみたいし、少し歩くと美味しそうなカフェもあるので少しずつ体験していきたい。一人で行くよりもフレンズが増えれば増えるほど楽しさは倍になっていく。一日の終わりにちょっと事務仕事した。えらい。あぁ、ピザ食べたい。
2025年9月24日
今日は「稽古」「研究」「稽古研究」「研究稽古」の違いを新たに理解していくプロセスに入っていった。この4つの違いがどこで感じられたかというと、以前に習った時の質感と今日の質感の違いを感じるところからだった。稽古であれ、練習であれ、運動であれ、試すことであれ、時間がなければできない。でも時間があれば時間があるだけやればいい。来月からは心を入れ替え、清く・正しく・美しく・美味しく頑張ります。そろそろガチ中華が食べたいです。清き一票よろしくお願いします。
2025年9月23日

お土産でいただいたものだけど美味すぎた。バリバリ最強NO.1今日の講習会の振り返りとかその後の話とか書こうとしたけど美味すぎてそれどころではない。バランスが良いとかそういうのではなく様々な感じがする。1つのお菓子で物語が始まり完結していく。
2025年9月22日
お昼に飛び起きて(1,5㍍飛翔記録更新)新しい道場へ。ランチにパスタを食べた。チェーン店のすごいところは地元で食べても東京で食べても同じ味がするところ。味がブレない。味がブレなさすぎてどんなに好きでも3日間食べ続けると飽きる。多少のブレというのは飽きさせない味だと感じる。なんやかんやで午後の時間はあっという間に過ぎていた。蚊に刺されすぎていた。夜は新しい土地を散策する。そこで出会った。最近、何を食べて良いのか分からなかったけど、何を食べていけばいいか分かった。良かった。目的というのはただ行うことなんです。ただ行うというのは目的でもあり、方法でもある。それは理解された目的とは異なるけど、やはり私たちは認識してしまうでしょう。理解する、認識するというのはある。しかし、それがどこに向かうのかというと体認です。その時、そうである。知るためには何が必要なのか?まずは学理・学術の遡れるところまで遡ってみましょう。そうすると元が明らかになってくる。自然現象を知るのはとてもシンプルなんです。1つは感じること。そしてもう1つは...。It will break my heart.
2025年9月21日
女子会2日目。ここから始まります、という最近取り上げている具体的な起点。昨日に引き続き、站樁を通じて条件を把握していく。試す上での具体的な規範5つを矩にして、運動の際にその形状が抜け落ちていないか?ということに注意する。感じることは方法である。しかし、何を感じるのか?というその対象とその感じが沸き起こる条件がなければ提示している状態にはならない。感覚があるか、ないかで言えば皆、感覚はあるでしょう。静と動を行き来しながら静と言われる状態と動と言われる状態の違いとその相互の関係へと進めていく。静という状態は誤認されている。静の文字や言葉が持つイメージなどに引っ張られやすいからかもしれない。講習の後半は「歩くやつ」をやりたいというリクエストをいただき、今日は「歩くやつ」にも取り組んでいく。歩くという一動の働き、能力、機能、状態を拡大化して体験することで、危機に面している時の自然反応を体験する。とてもいい練習だった。夜は新宿区へ。新宿は豪雨なのかい?いや、小雨でした。夜の研究は凄まじい。まるでバリア◯リゾートのような。贅沢だ。夜が本当に涼しくなってきたように感じる。もうあの時の夏じゃないんだね。研究会後、豚の餌を食べに行ったけど冷やしはもういいかな。夏が終わった。冷やしている場合じゃない。あとオンラインとかで講座する時にOPとEDいるよね。ED曲は決めてます。「坂口有望/好-じょし-」でお願いします。イントロで「今日は来てくれてありがとう、楽しかった云々~」BメロCメロで参加者のお名前を読み上げながら一人一人に「◯◯さん、ありがとう!ナイス質問だったよ」「◯◯さん、提携半端ないって!」「◯◯さん、頭使いすぎ~、我感ずだよ~」等の一言、アウトロで「次回へ向けての思いやお気持ちを表明」そしてフェードアウト。もちろん途中の歌は全部歌う。もし、自分がオンライン講座やることになったらこれだな。OP曲は募集します。第一候補は「夢のクレヨン王国/徳光由香/ン・パカ・マーチ」です。


2025年9月20日
今日は朝から女子会。「こういう働きもあるよね」「わかるぅ」「アンチエイジングだよね」「わかるぅ」夜は神楽坂まで行ってなんかオシャレだった。
2025年9月19日
こんにちは、TOKYO。夜間はW.buveur氏たちとの練習。自然に起きる反応にある微細な働きを感じ取るような運動をした。またそれがどの様な規範性がある時に生じているのかということをやった気がする。でももう忘れた。TOKYOの夜がなんだか涼しくなっている気がする。
2025年9月18日

テーマ「新しいジャンル~うぶごえサンドイッチ~」
2025年9月17日
なぜ運動をするのか?それはとても簡単です。「あなたには自然な状態があるんだよ」と言うだけだと「きっとあるに違いない」という想像に終わる可能性が高いから。教わったことのないことに注目することは難しいです。しかし、試みはその教わったことのない事に対する注目なんです。どうなっているか?とか、どうなっていくか?とか、その教わったことのないことへの理解が必要です。でも、どうすればいいか?の方が興味があるかもしれない。また、それを教わることは「習得」ということかもしれない。稽古というのをやめて練習というようになり、練習とも言わなくなってしまった。何が変わった?意思疎通を図るときにちゃんと共有するために変わった。言葉は変わったが対象は変わっていない。しかし、対象をより理解するために言葉は変わった。今は、試してくださいです。ホントはどうなっているのか?試してください。納得したり、納得させられたりするだけで終わらないでください。何もしないようにし、何かをしていく。もっとそうした方が良いですか?ホントは知っているでしょう。活発な方がいいですよ。活力がある方がいいですよ。元気な方がいいですよ。良いと言われて納得せず、自分で感じてください。病気の時に身体はどうなりますか?加齢とともに起きる変化にはどういった様子が見られますか?活発、快活、活力、充実とは反対でしょう。姿勢が悪いですね。姿に勢いがある。勢いとは意。つまり状態です。姿とは現れです。走ろう、歩こう、休もう、その姿には勢いが投影されています。形と状態が一致する。形状。どうしても、姿の方をいじくるのが好きです。ダメじゃないですよ。眉毛は整えよう。髪も整えよう。ダメじゃないですよ。しかし、追求の対象がそれではないのなら姿を弄るのはやめてみよう。腰をもっと落としたほうが良いですか?肘をもっと開くほうが良いですか?次は?次は?そういう運動の仕方はベリーベリー大変です。走るときには走っています。歩くときには歩いています。その時にはある種、自然な完全性があり、ちょうどよく在ります。歩いているときはそう成し遂げているでしょう。歩けるということを与えてくれないと大変です。常に調整、常に調整です。そんなことをしなくても常に調節されています。本来どうだったのか?本来どうなっているのか?を感じてみましょうということが目的です。なので練習しているというのとは違います。内容が変わってしまいます。練習しているならある種の答えを自分の中に見出しているでしょう。それを何度も何度も繰り返しているだけ、つまり確認かもしれません。練習という言葉に、稽古という言葉に違和感を覚えなくなった。しかし、今の認識は違います。本来ということが目的です。なので、試してください。その時、感じるでしょう。1回1回試してみる。繰り返しではない。為甚麼有此一動。
2025年9月16日
徳島での指導を開始する。自然を学ぶということはどういったものでしょうか?学ぶことなく学べる体系があると思いますか?自分の身体を体験してみてください。自分で考えた、あるいは他人の考えたやり方を体験しないで、自分の身体を体験してみてください。なかなか難しいです。それはこれまで自他を問わず考えから成るようなことに慣れすぎていて、そもそもがどうなっているかを知ることがなくなってしまったからかもしれません。学ぶことなく学べる体系があると思いますか?またそれはどういった方法でしょうか?練習の過程では少し手で身体に触れます。その手に何かをしますか?手を挙げることが目的ですか?ただ行ってみます。ただ行うとは元々の話です。後天的に手に入れた物で元がなにか分からなくなっていますか?感じなくなっていますか?もしそうならどうすれば元に戻るのでしょうか?まずは手放して、そして忘れて。元に規範がある。少しでも価値観を持ち込むと変質します。ただ行ってみます。自然状態。自分の身体そのものを味わいたい。もう少し柔らかいほうがいいですか?もう少しゆっくりの方がいいですか?もう少し力を抜いたほうがいいんじゃないか?価値観を持ち込むと変質します。あるいは繰り返すと変質します。まずは1回だけでいいですよ。どうなっているの知りたいから。
2025年9月15日
福岡から徳島へ。「完全更新」との感想をいただく。た、確かに。不純を取り除き、一意専心。明日からは徳島で練習。
2025年9月11日
福岡にいるっちゃけど。
2025年9月10日
今日は道場の改築へ。そこで発見のあったディティールの話。ほんの細かな事だけど、そこがその流儀・流派たるところなのかもしれない。神は細部に宿ると言うけど、まさに!という経験があり、また理解が深まった。注意深くあることが細部に至ることになるのです。自然本相とは既知であり未知である。その様な条件が生じたとき自ずと生じる状態、危機感。また何かを習う時の習い方についても考えてみた。まず習い得ることと体得することは異なるということ。この違いから習いたい人と体得したい人の違いが現れる。ほとんどの人は何かを習うとき体得したいでしょう。つまり、できるようになりたいと思います。しかし、体得したいけど、習い得ている現状を目にすることが多い。これは習い得る時の構造と体得する時の構造が異なることに対して知らないからかもしれない。またこれは伝える側もそれに対して無自覚なら伝えきれず、相手が体得するには至らないし、自らも実のところ体得していないでしょう。まずは法を明らかにする。その様に明らかにする事ができるなら認識することも大いに役に立つ。スタバの新作の感想だいたい「甘い」。
2025年9月8日
私、コーヒーが好きなんです。Youtubeで観れる。「珈琲道」ってタイトル。藤◯弘が珈琲に「ありがとう、ありがとう」って言った後、抹茶のように珈琲を点てる。前後にも独特の所作があるんですが…。一瞬映る客席。所作を見て深く頷く観覧客。出来立ての珈琲を司会者の人が飲んで感想を言うんです。藤◯弘が感想を聞いて「今日の珈琲」の話をします。藤◯弘が退席した後、司会者の二人がまた感想を話すんですが、その感想が面白い。詳しくはYoutubeで「珈琲道」検索して観てね。私、コーヒーは好きなんです。
2025年9月7日
「操作」するのではないのです。「操作」しないというのはどういうことでしょう。「技撃樁」の練習を通してやってみましょう。身体はなぜ左右に回るのでしょうか。これは「現象」なのです。では、その現象をどのように把握するか。それは感じることです。二郎系が食べたいとかそういうのではないですよ。実際に危機に直面するのです。そうすれば自ずと然り。これは「速度」という事や「転体」という事とも関係がありますね。「操作」したらだめ。「操作」したら、「これはお前の物語だ」とアーロンさんがおっしゃっていました。夜はみんなで集まった。楽しかった。久しぶりにお酒を飲んだ。日本酒なんですけどね。古参のみんなで集まるとみんな変化しているのがわかる。いい感じだ。
2025年9月6日
今日の練習は「拳式」この項目が何を教えているのか?というところを深めていく。原理原則は一貫していても体系があり、またその中で項目が分かれているということは、その項目に役割があるということ。原理原則がなくては生じ得ないけど、その原理からどの様な現象が生じているのか感じなければ、そして知らなければ「これはお前の物語だ」とアーロンさんがおっしゃっていました。「拳式」を実際に試してみると、できていること=機能が活きていたり、働いていたりするわけではないことを知るでしょう。形骸を似るを求めずなんとやらというやつですね。少しずつ知り得ていくのです。練習している場所の時計の電池が切れたことで時間というのは無くなった。疲れたら休憩しましょう。
2025年9月5日
速度についての認識。一番早いと言われる動き。その速度は無形の状態から齎される。そしてそこには具体的な機能や働きがある。もしその様な規範なく、ただ早いとか遅いとか言う話ならそれはただそう感じているだけであって、「これはお前の物語だ」とアーロンさんがおっしゃっていました。
2025年9月4日
3週間ほど夜中にランニングマシーンを使用してスロージョギングをしているんだけど、調子が良いと時速6キロでノンストップ2時間走れるようになってきた。100日続けるとどうなるだろう。これが行為の安定性、つまり100日功である。面白いのは走る行為を通じて、身体の状態があり、機能が働く走り方をしているのと動きとして取り組んでいるのでは全く経験が異なること。提携が効いていると弾むように運動する。その後、徹夜できたこともあり、モーニングクラスに参加する。私にとってこれが朝なのかどうかが感覚的に分からなかった。起きすぎている。午後からは町中華とカフェにいった後、某氏と映像資料を見ながら骨をあれしてあれを塗り込むという恐らく日本で経験することはないのでは?という事を経験する。夜はまた別件が入っていて、流石に家に帰ったら気絶するように眠りつく。
2025年9月3日
ココだけの話になりますが、厚揚げを1口サイズに切って片栗粉をまぶし、ごま油で炒め、外はカリカリ、内はふわふわにして、たこ焼きソース・マヨネーズ・鰹節・青のり・青ネギをかけて、たこ焼きモドキの製造を行っています。内緒だよ。
2025年9月2日
今日の練習の角度は「長短」という角度から解説。「長さ」はどこから発せられるのかということを理解するのはいわゆる最大限有効範囲の獲得になっていくことにも繋がっている。また長短というのは概念、比較の角度であって実際はその時そうなのです。瞬間に比較や対立はないのだけど「2」という事を通じて対象を把握するのが最短最善の道になるのかも。その2を用いれるのが考えるということかも。あとは「巻き込む」ことについて。巻き込むのも巻き込まれるのもそこには関係性から生じる働きがある。その働きは本有、機能からもたらされるので作為になると技術になってしまう。逆に言えば技術は技術として局所的、部分的な現象とも言える。そのジャンルをしている人はあとは組み合わせの数になる。これが結合と融合の違い。
2025年9月1日
あっという間に9月です。もちろん速攻で限定を食べました。その物語はXで書く。今日はおいでよ稽古仲間の森~練習会編~。ここでも拳についての理解を深めていく。何を知れば拳になるのか?その認識を変えることで実際の取り組みが変わってくる。感受、状態、本有、機能、働き、関係というワードから展開し、理解を紐づけていく。食べてみればその味がわかる。食べたなら食べなかった自分とは違うでしょう。そういう意味では食べるというすごくシンプルな取り組み。食べていないのに食べた話はできてもそこには食べた経験はない。
2025年8月31日
昨日の後半から引き続き徹底して拳に還元していく角度からの練習を。練習に取り組む時の明瞭な取り組み方がある。そこに流儀の規範性があるとも言える。はじめはその規範性を感得していく為の方法である感じる事も難しいわけだけど、その感じることについて理解が深まり、できるようになってくると今度はその感を以って何を見つけるのかということに移っていく。発見の多い練習になってくるがまたそれがどこに還元されていくのかをまずは多くを知る事によって成していきたい。
2025年8月30日
この日は体験参加あり。とある流儀について全く何も知らない人とのコミュニケーションも面白い!あと国際的写真撮影のミッションもクリアできた(祝)武道館をも超えて世界に羽ばたく人がまた一人...。
2025年8月29日
今日は焼き肉の日。気づくと時間が経っている。今週だけでも様々な展開があったのだけどそれはまた少し先の話。まずは明日から2日間は講習会。ここではマンスリーミッションの国際的写真撮影が控えている。ご協力いただける方はよろしくお願いしまう。
2025年8月28日
ぷくぷくたいのいちご味おいしい。
2025年8月27日
今日はW.buveur氏の誘いでやだらめぇに行ってきた。
2025年8月26日
脱。おいでよ練習会の森が中止になってしまいました。すいません。
2025年8月25日
この日の日中、何か衝撃を受けたのにその日の夜に違う衝撃で上書きされて思い出せない。
2025年8月24日
豚山に行かなかった。正解。
2025年8月23日
ちょい練してたら発見があった!うれしー!
2025年8月22日
お昼に起床。これが私のルーティーン。急いで家を出て出掛けると同期が待ち構えていた。最近急激に動き出しているいくつかの企画の為の準備をすいすいーと行ったり、バナナ食べたり、お菓子食べたり、コーヒー飲んだり、高い高いしたり、オシャレなドリンクを飲んだり、Zoomをしたりしているとあっという間に夜間の個別指導の時間、この半月の展開が早く先週練習した内容がもう遠い昔のように感じられる。今日はシンティと基本けんぽーを中心に練習した。かなりの高密度になってしまった。21時以降は、というか夜は静かにしないといけないので活力が高まってくるとでけぇ声を出さないようにしたり、壁ドンをしたりしないように注意する。拳の練習はまずは方法をよく理解することが大事。拳ではあるけど一般的に認知されているような拳ではないと思うのでその違いを把握しながらその方法が何を学ぶための方法なのかに踏み込む。物理的にも。方法を用いる場合は使用方法が理解できていると便利ですよ。夜はいつものお店に立ち寄ろうとしたけど謎の行列で断念。お陰様で関係を断ち切ることができている。でもきっと明日は食べるだろう。誰か止めてくれ。
2025年8月21日
今日はお昼前に池袋で待ち合わせをして我らがカレー大名のお店にランチを食べに行く。いつかきっと行く、いつかきっと行くからと行って何ヶ月が経っただろうか。もう彼が大名でなくなってしまうという必然性もあり、カラテマスターでエアスピンドライバーの使い手でもある御方とご一緒したのであった。肉が1つ多く乗っていたカレーを食べたあとは、すぐにヒエヒエの道場に移動して練習をした。練習なんてあっという間に終わってお別れしたあとカラテマスターはアルコールマスターとなりサラリーマンの稽古場へと消えていく。一方私は生まれて初めてパレスチナ料理なるものを食べに行くのであった。
2025年8月20日
今日は予定も何も入っていなかったので料理をしたり掃除をしたりしていた。最近2日間起きて寝るというようなリズムでなくなったので稼働時間が短い気がする。
2025年8月19日
今日は練習会の日。日中アチアチだったので布団を干した。日光にあたって布団もいい感じになってきている。練習会は最近提出している3つの観点を中心に進める。またそこから「接点作用」について、その働きがどのような条件から発動するのか、その働きはどういったものなのか、作為と現象の違いをどう把握するのか、というところについて深めていった。新しい事に取り組んでいるようで必ず帰っていることに気づく。そこが原理であり守るべきところなのだ。夜は洗濯もしたから布団カバーもピカピカだ。思い出したかのようにココイチの期間限定を食べに行った。関心を持つ事。またそこから極めて細か観察が起こる。交差する事。運動表現。能力表現。現象ではなく原理に注目する。許せサスケ...また今度だ。\トン/
2025年8月18日
今日はUFCの試合を解説付きで観るという経験をした。贅沢だ。自分の経験が広がったり、深まったりしているこのタイミングで色々とアウトプットしたいところ。キュートレモンMUKUMIを飲んでいる時、「それは浮腫んでいるのではなく太っているんです」と言ってくる悪魔が自分の中に存在している。私の最近の認識は練習の目的とその過程(方法)について再認識する必要があるとオモテマス。
2025年8月17日
合宿4日目最終日。夏、差し込む日差し、ゆれるカーテン、扇風機、光と影のコントラスト、おしゃれな雑誌、エアコンの効いた部屋、お昼休み、うちわ、とにかくこの合宿は終始エモかった。エモいということやノスタルジックなことなど盛りだくさんのお昼の時間だった。今日は技撃という事を中心に練習を行う。普段なかなか取り組めない新しい観点をいくつか紹介できたことも良かった。そして参加者の激変する様子にエモいとかノスタルジックだとか、やれシャボンシティ諸島編だとか、天空闘技場編だとか、「凝を怠るな」とか、「まだはやい」とか、「てめぇの斜面激突は...たった1度だぜ...。...DIO...。たった1度の単純な働きだ...。てめーはおれを削り取った」などと横槍を入れながら楽しい時間は過ぎていく。思い出したけど昨日の猪木のモノマネは最高にダッシャだった。覚えておこう「攻中守中はだっちゅーの」「四辺だっちゅーの」「変量だっちゅーの」「正面斜面だっちゅーの」その後、おしゃれなカフェでケーキをキメて、東京駅でピエール・◯コリーニを冷やかし、最後は我慢できずに二郎系を食べた。
2025年8月16日
合宿3日目。この日の練習の記憶が欠如している。何を練習したのか思い出せない。記憶にあるのはすごく地味な站樁の練習をして提携に対する経験を深めていったはずだ。そしてその状態を元に前後、上下、左右、外展で試したり、拳法に還元したりしたような。あと下肢試力をするときのちょっとしたポイントが全体を構成する一要素だということもやったとかやってないとか。はっきりと覚えているのは練習の後にみんなで商店街に行って、蜂蜜のソフトクリームを食べて美味しかった事や夕食を食べる場所難民で参加者のT氏の自宅までストーキングしようとした事。結局ストーキングはやめて赤羽に行き、私のおすすめのスーパーの視察を行う。その後、イタリアンを食べた。注文したものが「ピザ・パスタ・リゾット」という炭水化物三大将で笑った。前菜とか色々あったのに無視してメインに全てを捧げた。お笑い芸人が横に居た。その後、なぜか新宿まで行って秘密結社の集まりに参加したのであった。我ながら朝早くから日付が変わるまで外出しているなんて元気だな。早く寝なさい。田舎と違って都会は居場所があるんだよ。
2025年8月15日
合宿2日目。いい練習ができている。あとエモい。エモすぎる。初日が基本的な拳法訓練だったので今回はおそらく拳という事が中心に練習が進みそうな気配。他の形式的な練習が拳の理解へと結びつくように体系を頭から練習していく。明日は「四正四斜」「合理的構造原理」「運用方法」「中方行用」などを取り上げる。またTTの一番最後のやつのポイント、下の力を試す時の2つの先端、移動するやつとTT最後のやつの関係なんかもこれを見て覚えていたら私は忘れる可能性があるので教えてほしい。体系を習うときは前もってちゃんとした考え(方法)がるのでよく理解していきたい。日本一うまいと自負するティラミスうまい。パスタうまい。あとなんで21時過ぎに新宿行って武術談義して日付変わって帰ってきてるのか意味がわからん。でもまあそうだからそうなのです。時間なさすぎて書くのが適当に。。。でもまあそうだからそうなのです。
2025年8月14日
合宿1日目。ついに始まりました。今回は「5GK」をしたいというリクエストがあり、いきなり5GKからスタート!普段とは全く異なる切り口。まず普段の講習会でここまで辿り着くことはないのでリクエストをいただくのは非常にありがたい。午前はじっくり取り組めるように3種類の式を通して拳法を構成する基本的な状態、動き、形、要素を把握していく。午後からは残りの4つの式と午前で行った一貫するところと、それぞれの式の特徴を理解しながら練習を進めた。こういう練習をしないとなかなか出てこないワードなども自然と出てくるのが面白い。今回は特に「斜面直撃」「多面螺旋力」などの現象がよく表現された。
2025年8月13日
1日1組限定の焼肉屋の店主のような日々を送っている。今日は前日祭。この前日祭は何をするのかというと各自稽古をするだけなのである。どうして見えなくなってしまうのでしょうか。どうして居なくなってしまうのでしょうか。外形的な変化はありません。明日から取り上げていくのはいきなり拳法。拳というものが成り立つはじめの一歩を理解していこう。夜、Web会議で做自己ということに気づく。こういく機会でもなければ気づかなかっただろうね。
2025年8月12日
練習会の日。「知行合一」「先知後行」「先行後知」これらは方法である。方法に対して認知的な優劣がつくとそれは方法ではなくなる。方法の意義はその存在にある。そこから方法の存在する意味や役割を改めて理解する。練習に取り組むときには非常に重要な認識だと感じている。何を求めて練習をしているのか?を明らかにすることは合理的だ。また今日の練習では「圧縮力」と「張力」の性質的な違いがより明らかになった。これらは「運動状態」に含まれる働きであり、不可分なのだけど、働きに対する「有限性」「無限性」についての理解が深まるとより人為を廃し、身体に託すことができるかもしれない。引き続き練習していこう。毎週のように練習をしよう。あと練習終わりは二郎系を食べにいこう。
2025年8月11日
今日も朝から練習に。自然回帰すること。身につけ、用いるわけではない。回帰するということはただ行ってみるところが起点になる。自身の主観的な認識によって自身の能力を制限する必要もない。練習している場所の近くにある弁当屋さん。米の量は普通で400グラムです。もも焼き弁当か唐揚げ弁当がおすすめです。600円也。焼売も入っているのが嬉しい。タルタルソース付き。こういうので良いんだよ。身体の内に支点を作らない。遠く遠くあの光まで届いてほしい。押すんじゃない、引くのでもない。推すのはいいよ。
2025年8月10日
今回「自流儀流派において「全体性」と名指しているものはどういう事か?」について「状態」「運動能力」「方向・方位」という観点から練習を進める。自然本有運動おいては決して1つ1つの組み合わせではない事、また全体から取り出した1つを技能化しない事などを理解しながらそれぞれが状態を取り戻していく。午後からは珍しく体験参加もあり、まずは決して構えぬこと、人為を用いぬこと、ただ立つことから始める意味などについて理解しながら取り組み、元気一発オロナミンC全マシマシ。
2025年8月9日
今日はいっぱいいただいた。アップルバナナうめぇ。朝どれとうもろこしうめぇ。マカロニサラダうめぇ。ラーメンうめぇ。お菓子うめぇ。
2025年8月8日
老師より「練習における一番の欠点」という事を20年程前に提示された事を思い出す。その時同時に「練習における一番重要な点」という事も提示された。この時「一番の欠点=一番重要な点」という図式ではなかったのだけど、「欠点」を補うには「重要な点」への理解と体得が必要であった。当たり前の事だが「一番重要な点」というのは「それだけをしとけばいい」という事ではないのだけど「一番重要な点」が「根源」であればあるほどそこに「還元」したくなるのかもしれない。この様な事の再認識とそこからの取り組み、当時のエピソードなども交えながら来週のイベントでは「認識を新たにする事から取り組みの幅を広げていく事」を行ってみたいと思う。
2025年8月7日
ただいまー。こんにちは8月。あちこちしている間に8月に突入していた!それで今日は早起きしたので眠たかったー。TOKYO帰ってきてすぐにお昼寝した。夜は練習だったのだけど面白かったなー!変化に立ち会うの嬉しー。練習後は行きつけのお店でごはんを食べたー。半分くらい食べて既にお腹いっぱいの状態からサービス煮卵をいただいたのだけどその経験は飯を食うことは稽古だと教えてくれたー。
2025年7月31日
「大ピンチです!あと10分で家を出ないと遅刻しちゃいそうです!」脱力中なので寝坊し、飛行機の搭乗時刻に間に合うか、間に合わないかというギリギリの時間に起床。それでも「5分前に保安検査場を抜けられたら」という想いで空港を目指す。本気出したら5分で家を出られる。電車に乗車中、トラブルが発生し電車が遅延。「東京は早めに家を出たほうがいいよ」という師匠の言葉を思い出す。停車中の電車のなかでLINEあり。「機材トラブルによる出発時刻遅延のお知らせ」世界が私を中心に回っている瞬間だった。体系を指導する時に自分と自分以外の関係性を示す意味で「天人合一」という言葉を用いている。自分と自分以外の間で起こりえる事というのが自然であるという1つの概念。寝坊、ギリギリ、トラブル、間に合わない事が確定、というプロセス。自分はモノサシを持っていて自己確定してしまう事ができる。常々「未知」という言葉を用いるわけだが、「未知である」「未知である事」を知っている自分が、実は未知に対して未知を「切り離し」している事に気づく機会であった。「本当に本当の未知とは?」認識を改める必要がある。習慣的な自己というのが部分的には嘘や偽りであるという事を誰が知っているのだろう。\でもそれもホント!!/なら本当に本当の自分はそれ以外にあると言える。指導する立場である時の自分の角度としては習いに来てくれる人の「潜在的自己」が「おはおーん」する場を作ることができればと思う。またその角度が無いなら「嘘と偽り」のアイドルになるだろう…。NEW KAWAII時代の幕開けである。
2025年7月30日
今日のイベント最高だったね!言葉にするのがもったいない。
2025年7月29日
今日はいろいろあり過ぎた。脱力だ。流石に身体が面白いことになっている。でも私らしいのが最後に会ったのがアイドルというね。稽古するという事(人)と稽古場についての理解がぐっと深まる。またこの様な認識も共有したい。宇宙とかに比べたらさ、ちっぽけだ私たち。成層圏コスモス飛び越えてどこまーでも行っちゃってー!KAWIIは∞無限∞│絶対│です!CUTIEはなんか色々救っちゃいます!
2025年7月28日
渋谷で過ごした1日。もう曜日感覚がない…。
2025年7月27日
この日はこれまで稽古してきたある流派とある流派への幅の広がりと深まりがあった。流派や体系、人や環境なんかは別々なんだけど自分の中では同じと言えることがある。と同時に同じと言いながらも全く違うとも言えるので言葉や文字にすると矛盾をすることになる。広がるということは深まることであり、深まるということは広がるということかもしれない。これを稽古にて実践しようとするといろいろなアングルが観えてくる。稽古することが益々楽しくなりそうだ。あとセルフディフェンスって考えさせられるね。ありがと。あと界隈で有名な人を見て冷やし中華食べた。
2025年7月26日
書きたいことが多くなってきた。ある程度まとめておく必要がある。でもここよりも現場での活動が多いのでなかなかどうして。
2025年7月25日
試力に対する理解が深まった。能力は統合されている。単一的な理解でも複合的な理解でもなく自然状態の有無という原理原則から純粋に表現される。純度が高いと分からないでしょう。でも、感じることはできるかもしれない。ある傾向は問題、不自然とも言える。しかし、その傾向は回帰への手助けとなる。夜、急な知らせが届く。驚く人も多いだろう。悔いのないように、全力で頑張るしかない。
2025年7月24日
本質的な問題ほど盲目になれるでしょう。問題の本質は人知のみでは見えないものです。この事に対しても体認するしかない。1つは時間に任せる事。急がす、慌てず、焦らずに。変化は同時に起こる。
2025年7月23日
何かの為に何かをするのは既に2つのことがある。これは「何か」と「何か」によって分離が起こっている状態。対立や依存の関係と言ってもいいかもしれない。何かの為に何かをしないとは1つしかなく、ただそうなっている事である。これらに是非はなくどっちも本当と言える。しかし、本当に本当の事は1つである。その1つとは、変化と刹那。あれ、言葉にしたら2つになった。故に体認あるのみ。瞬息万変。
2025年7月22日
没有开始没有尽束
2025年7月21日
合宿3日目最終日。夏休みノスタルジー。今日の午前の稽古の後の休憩時間エモすぎた。この3日間は夏ブースターパック。楽しく面白くよく稽古した3日間。楽しすぎると語彙力が落ちる。この体系を選んでくれてありがとう。合宿企画はまたやろう。またね。しばらくこの充実感を味わいながら稽古研究に尽くす。では、現場にて。
2025年7月20日
合宿2日目。やはり何かは起こる。お祭りです。
2025年7月19日
合宿1日目。通常の講習会ではなく合宿式と題しているとやっぱりお祭り感がある。初日の今日も想定していた流れとは全く異なる展開へと流れ込んだ。それを言葉で表すなら「やさしいHSYQ」手で手を取る事に対する理解が思わぬ形で深まった。それもこれも今日の場を共有してくれたメンバーのおかげだと思う。講習会後も真剣30代しゃべり場で3時間30分もしゃべりっぱなし。その後は夕食チャレンジで初めてのイタリアンへ。それが当たりで全部美味しかった。初日からこの順調さなら明日明後日は一体どうなってしまうのか。ハードルは上がっているので華麗にくぐり抜けよう。
2025年7月14日
時事一致。その時、合っているひとつの物事があるのに、分けたり、ズラしたり、調節したり、壊したり、加えたり、減らしたり、早くしたり、遅くしたりなどする。そういう事をしないで一致するという事が起こると面白い働きが現れる。そんな一日。
2025年7月13日
太っている人に「太っていますね」と言うと更に太るらしいので、私には「自然回帰していますね」って言ってほしい。
2025年7月12日
言葉に対して持っている認識を問いその言葉がどこから生じたのかという試み。有るところではなく無いところ。感じてまたそれは生じ、消えていく。発生元が本有からではなくなった時、そこに意味が生じる。この日、人気アイドルと同じ土地で講習会をしていました。あっちはライブ、こっちもライブ。その後、同じ玄界灘で水揚げされた新鮮で脂ののった魚介類を食べたはずだ。もうコラボレーションと言っていいのでは...。
2025年7月11日
3日前に買った温かい「たこ焼き」を帰ったら食べるの楽しみにしているの純度高すぎる。冷蔵庫に入れているらしい。(冷凍しなよ)一旦食べる前に匂いは嗅ぐらしい。(嗅がない方がいいよ)あと頑張るらしい。(頑張るな)でもこのエピソードを聞いて自分に足りなかったのは「頑張ること」だったかもしれん。
2025年7月10日
ちょうど良いを知る。停滞や遅滞を生じさせない運動がどこから発生しているのかということから根本原理への理解を深めた思い出。感覚するというのはそれ以上でもそれ以下でもなくその時それで十分なの。すずめなの。目の前のことを全うしよう。ということでレッスンのあとは二郎系を目の前にし、全うしたのであった。押忍。
2025年7月9日
言葉や文字を用いて教学が行われる時、体系や個人などに属する言葉や文字が力を持ちすぎると、その文字や言葉が用いられた意味や指し示す物事から遠ざかるという経験があった。共通共有として用いられるそれらはある1つの角度だということを理解する必要があるだろう。全く違う言葉や文字、もしくは体系であったり、動きや形であったり、人であったりしても、追求の対象が同じであれば表現は違っていても同じ物事を指し示している事もある。なので現場では私が用いない言葉や私の認識からすると対極にあるような言葉でも共有されているものや追求しているものが同じであればまずはそのままにしておき、そこからその事についての認識を問うている。何を求めているのか?という方向を指し示すことから試してみよう。また何も指し示さないというところからも試してみよう。ブロックとブロックの間にあるMCは難しいのである。
2025年7月8日
盆と正月が一緒に来たという言葉がありますが、誕生日とクリスマスも一緒に来てしまった上に棚から二郎系。ちょっと意味が分からない。
2025年7月7日
アイドルに会った。
2025年7月6日
家の裏手にあったアパートが取り壊しになって毎日騒音が鳴り響いていた。毎日暑いけど網戸にすることもできないので、エアコンを常につけっぱなしにしている。サーキュレーターを回すと涼しさが違う。循環て大事なんですね。今日は多様性の場へ。いつも演舞している集団がいないな。私は結構楽しみにしている。何度も演舞を繰り返してみんなで集まって、修正してまた演舞して。すごい。外から見ているといつも同じに見えるんだけど、実際にやってる彼女たちからしか見えない景色があるんだろうね。それなら外野視点で語られるあれやこれやは何なんだ。今日は「肩」について新たな発見があった。肩の使い方、肩の入れ方、肩の添え方、肩のとり方、肩の抑え方、肩の外し方、肩と一口に言っても色々あるんだけど、実際自分は横から見ていただけなのになんでこんなに発見があるんだ。教えることと教わることの関係、伝えてみると伝わることの関係って違っていて面白い。教えるスタンスと伝えるスタンスって似てそうで似ていないんだ。同時に教えられることと伝わってくることも異なるんだ。ここまで読んだ人は大吉。
2025年7月5日
講習会の日。「感覚」についての研究を改めてしている。まずは五感という分類から、1つ1つの経験を取り出しながら味わってみる。取り出すと言っても注目するところがそこになっているだけで、本来は重層的に感覚としての作用がある。この「感覚」から立ち上がる「世界」が「個人の領域・空間」になっていることを1つの角度から経験。ここにいるけど、それはどこのここなのかというところから「私とそれ以外の関係」を見つける。その昔、老師から「陰陽」についての解説があった。これは陰はどのようなもので、陽はどのうようなものかという解説から始まる。それはあるが感じられる、それはあるが感じられない、あることだけど感じられなかったり、感じられたりすることが経験的に理解できた思い出。では、感覚すると言っていることはどの経験を指し示すのか?続きは練習会・講習会・個別指導・coffee&cakeにご参加ください。
2025年7月4日
この日は2日ぶりの睡眠で寝起きすっきりというか、体力が回復しすぎて大変だったけど、渋谷周辺に行ってきた。とりあえずバカ高いところに位置するスタバでコーヒーを飲みながら「アイドルとプロレス」についての思いを巡らす。アイドルとはなにか?プロレスとはなにか?アイドルとプロレスの類似点など様々なものが立ち上がってくる。それはさて置き、私に必要な物は靴、リュックサック、Tシャツ、ズボン、靴下である。最近はショップを巡って自分に合う靴を探しているんだけど、試し履きをしたら弱くなる感じの靴が多くて未だに購入に至っていない。その時を待つのみ。アイスの実。夕食は自炊をしたけど、自炊をすると外食をするよりも高くなるのに1品、2品しか出来上がらないのが不合理である。
2025年7月3日
「1回で3回」ということへの理解が深まる。私はこれを最初習ったときに「ワンステップスリーストライク」という習い方をしていたのですが、今回「1回で3回」という言葉で伝えてもらっときに理解が深まったり、異なる解釈の仕方ができたりした。私の場合はワンステップスリーストライクというのが基礎にあり、1回で3回は応用であるという理解と解釈に至った。しかしこれは私の経験であって「1回で3回」からエントリーする人たちはまた異なる理解や解釈が生じるかもしれない。なぜなら「1回で3回」から入る場合も具体的に「ワンステップスリーストライク」というような動きなどを用いるからだ。しかし、それは「ワンステップスリーストライク」から「1回で3回」を解釈・理解することと、「1回で3回」に「ワンステップスリーストライク」があることは違う角度である。また「1回」や「ワンステップ」が生じる前段階として「止」という経験がある。ここでいう「止」という文字には一般的な「止」という概念以外の経験も含まれるのだが、とりあえず「止」としておく。この「止」が生じることで「1回」や「ワンステップ」が生じる起点の起点になるわけだけど、そうすると解釈や理解に前後関係なども現れてくる。また私が指導している流派には「静」という概念が存在するが「止」と「静」にある経験的な違いも感じられる。今日の文章はマシマシです。無理に全部食べなくていいからね。
2025年7月2日
何かを教えるというのは何かができる人や知っている人がその事を教えるという事だけではなく、この日は全く異なる「できないけど、分からないけど、伝わること、伝えられることがある」という日になりました。教える、教わるという対立構造は一旦置いといて、お互いがコミュニケーションを取るということからそれは始まりました。続きはあの日あの時のリプレイをご覧ください。
2025年7月1日
今日は初めての練習会。同じ場所や同じ人たちと関わっても全く異なる展開が起こる場。練習会という名前がついているので、練習をするわけだけど、講習会と違って先生という立場の人がいません。そこでまず始まったのが、とりあえず自分で練習を開始してみるでした。そこで分かるのが2~3時間一人で練習する事がなかなか厳しいこと。なにより練習への意が生じにくいということでした。うんうん、そうだよね。一人で練習するって難しいし、つまんないし、何していいか分からなくなるし、練習する気なんて起きない人がほとんどですよね。そこで練習することが楽しくなる、試してみたくなるような事を具体的に行っていくわけですが、それが人の集う場であったりするわけです。続きはYoutubeをご覧ください。
2025年6月30日
かれんたんとぱるたんが来たら自分は今の伝え方のままでいいのか?というところから講習指導の在り方を観直している。
2025年6月29日
大家好。今日の稽古のテーマは「転体」であった。この「転体」の解釈を「小さな回転」「大きな回転」の2つのアングルから体験していった。「転体」というのは1つの動きや働きのことであるが、解釈の仕方が異なることによってそれそのものがより深まるという体験になってきた。「転体」という現象を表現の仕方を変えることで、個々が体得・体現している「転体」が大きくなったり、小さくなったりするのである。その変化を通じて「転体」が深まったのかもしれない。小さくなったり、大きくなったりすることは異なる経験のようにも感じられ、実際試してみると経験的にも異なるわけだが、なぜかそこに一貫性が感じられたりもする。この小さな回転と大きな回転については伝統的な言葉にも残されている。
2025年6月28日
今日の講習会は私の講習会の中でも年に1度有るか無いかの日。それが今日この日であった。また、同時にこれまで起こったことがないような事も起こる。年に一度とこれまで無かったことが重なるのはタイミングとしか言いようがない。こういう出来事があると私の中で崩れるものがあり、またそこから新たな何かが再構築されていく。明日はまたこの再構築の兆しと具体的な形が現象していくのだろう。現場での質問で「イメージ」について質問があった。稽古をイメージしながらすることへの是非。私はまず是非ということから別の発想へと転換を試みることが多い。確かに稽古ではイメージしながらとかイメージをもってというような取り組みを主としない。個々の経験からイメージが立ち上がってくる、またそこからそのイメージを言語化し、共有してくれる過程には面白さを感じる。稽古の追求対象上、是非で考えると非になるかもしれないが、そうするとある1つの結論が発展性を拒んでしまう。稽古にイメージは用いないけど、イメージに対する角度を変えることは稽古である。あと「1回で分かること」についてもコミュニケーションの中で理解が増した。具体的に言えば初めて何かを体験する人が体験後「分かった」ことについて、先生側や熟練者側が「初めてで何が分かったっていうの?」というスタンスが存在するらしい話を聞いた。恐ろしい。メイク動画ですっぴんて言いながらカラコン入れてる奴くらい信用できん。
2025年6月27日
今日、ここで勝つ。過去の僕と共に。メイクと武術についてのあれやこれ。
2025年6月26日
講習現場にて。理解、解釈というところについての試み。対象を稽古する中で理解から始まる理解の仕方と理解していないことが理解になることなどいくつかのエントリーを用いる。最終的にはそれは個人の物事になっていくわけだけど、注意が必要なのが私の理解していることがあなたの理解になってしまうということ。過程としては自然とそれが起こってしまうこともあるけど、そこに対する刺客を放てるようにしている。最近、また新たな展開があった。テーマで言えば「角度」になるわけだけど。これまでこの角度については紹介する事があった。構造としての角度であったり、働きとしての角度であったり。今はその角度に対する角度が発生しつつある。物理的な角度、作用としての角度、解釈の角度、体系としての角度、個としての角度、集団としての角度、よくわからない角度などなど。あもーれ。
2025年6月25日
どんなことでも好き嫌いはあってええんやで。でも好きとか嫌いを肯定や否定に置き換えたら「この帽子をお前に預ける。俺の大切な帽子だ…。いつかきっと返しに来い。立派な武術家になってな」
2025年6月23日
先週末の余韻を残しながら週の初めは同期教練との稽古研究会。これをKEiKOLiFE!というのである。舞台に立つ前にはこのようにレッスンが行われている。アイドル、いや教練もLIVE、いや講習会に向けて努力を怠らない。3度の飯より、稽古が好き。天性の稽古人ムードメーカー。形体(形体!)訓練(訓練!)おーれーの?(稽古!)何に触れて、何に触れてはいけないのかというのがレッスンの特徴にあります。このあたりの事を指標に君に届けたい。心も体も飛び跳ねる。君も今日からケイコライファー。
2025年6月22日
はーい!私が「ブレイク」って言いうので「スルーしようね!」って返してください。ありがとうございます。新体制になりました。最年少黒色担当意拳の教練です。既に用いている言語の再認識の必要性を感じている。この再認識には新体験が必要になってくる。この物事から未知へと取り組んでい行きたい。一緒にブレイクスルーしようね☆
2025年6月21日
今日の午前は8種の形体を通してそこにある働きを1つずつ抽出し、感因にてそこが失われてしまわないように稽古を進める。いや、レッスンを進める。様々な働きが重層性を帯びてくると運動そのものの質が変化する事を掴んでもらう。またその中でも特に脚が持ち上がることについての体験を更に深めてもらった。午後からは体系を進めながら何が同じで何が違うか、またそこから運動が如何に空間に展開されていくかということを現在の体系とこれから行っていくであろう体系を使って体験し、スターターパックからブースターパックへの流れへと移ったのであった。どこかのタイミングでエクストラパックへと進んでいきたい。妹グループが武道館への切符を手に入れてしまったので私の教室も後に続くのみ。
2025年6月19日
言いたいことがレボリューション!今週末のメンバー濃いなぁ。いい稽古が、いや良いレッスンができそう。もちろんキュートレモンMUKUMI持参。そして新体制お披露目ライブです。やっぱりライブは一体感がある。コールをしっかり返してね。
2025年6月18日
言いたいことがあるんだよ。稽古のことをレッスンて言って毎回キュートレモンMUKUMI持って行く。朝ご飯はねるねるねるねで、ヘアケアはケラスターゼヘアオイルユイルクロノロジスト。
2025年6月17日
福岡、徳島での指導を終える。6月から取り組んでいる新たな内容。新体制お披露目ライブ。オーイングはやっぱりかれんの方が好きだけどみにのも好き。温故知新。解釈するエントリーが増えた。是瞬即万変也。
2025年6月8日
経験をしておくことについての認識が新たになる。
2025年6月7日
今日の午前は基本拳法訓練を行う。いきなり拳法。今回は20年前の教えをリバイブしながら新たな解釈を加えて進める。教えは変わらないが解釈は変わる。その変わった解釈が新たな理解をもたらすようであった。まさに全マシマシというような体験である。午後からはまた体系の前半に戻っていくつか要点を交えながら無料のトッピング(回転・座・着地・大きな円周・目線など)から好きなコールをしてもらい各種訓練を試みる。20年前に当たり前に経過し体得した経験はここ今を出発点にする人と大きな齟齬を生む。稽古の後は「俺達のディズニーランド」へ。三位一体と化す。
2025年6月6日
明日はいきなり全体像、完成図から入ってみようと思う。全体や完成という抽象性に対して具体的に入っていく1つのアングルは打点と力点になりそうだ。伝統的にも言われている漢字3つで表現されることがここ20年の間でも少なくとも2つのアングルで提示されていた。言葉は同じであるが全く異なる解釈の仕方である。また解釈というアングルからは2つという分類になるが、結果としては1つの物事として成り立っていることに視点の面白さを感じている。
2025年6月5日
朝起きたと思ったらもう昼でした。サラダを食べてすぐに道場に向かいました。今日も稽古の森では稽古好きが集まります。いくつかの貴重な映像資料を観ました。観た後に稽古をすると輪郭がより鮮明になっていることに気づきます。気がつけば夕方になっていました。すぐに夜稽古の集いが始まります。新しい環境を構成することに注意します。新鮮な展開でした。その後、ご飯を食べに行きました。熱々のカニクリームコロッケで上顎の皮がベロベロになったけど美味しかったです。
2025年6月1日
今日は20年程時を遡り当時の稽古内容をリバイヴしながら一貫して変わらない運動の構成要素とその変わらない構成要素を固定的に捉えるのではなく変化の中で捉えていく稽古を進める。提示した内容を行おうとするとその質が逆転してしまい現象ではなくなる。初めは頭が理解する事と異なるベクトルへの集注が必要になるが、実際体験してみるとあとは波まかせ風まかせ、手放しに任せるのでなく乗っていく、掴んでいく事を大切に稽古を進めた。
2025年5月31日
今日の講習会は新しい内容に取り組む。もぎたてのような鮮度は常に1回のみ。あとはここから回を増すごとに熟れていくのだろう。振り返ってみればこのホヤホヤの内容はバブミ増し増しとも言えるだろう。
2025年5月27日
今日もまた邂逅があった。邂逅による微細な変化もあれば、根本が変わるような質に出くわすこともある。なにはともあれ変わってしまえば以前とは異なる前提で次の関係が生じる。これも誰とどのタイミングで関係が生じるかで物語は変わってくる。
2025年5月26日
稽古/研究は面白い。新年度から3ヶ月ほど経ったが体感的には既に3年程経過したかのような発展と展開の仕方をしている。この体感3年の物語はページにすると膨大だ。そしてこの物語をすべて読むことができるのは私だけしかいない。しかしどこかで接点があればその物語の一部を共有することはできるだろう。どのページをどのように語ろうか。そしてそのページが聞き手の物語とどのような関係性を生み、次の物語を描いていくのかだろうか。
